ざっくばらん

冗談からマジメなお話まで、独り言をつぶやきたいと思います。よろしく☆

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Only You

おはようございます。

今日は文が長い上に 動画付きですので
お時間のある時にご覧頂ければ幸いです。
よろしくお願い致します。



こう見えても(?) 普段は感情を表に出す方ではなく
また 気持ちの切り替えは早い方なのですが、
実は少し前まで、色々ありまして、個人的に気持ちが チョト滅入ってました。

そんな時は上さんに時間を割いてもらって
色んな名画や良い風景を ただただ眺めて
一緒に過ごしてもらうことも少なくありません。
また、なるべく明るい曲を 得意のギターで弾いてもらったりもします。


いまの上さんと出会って、彼此もう30年近くになります。
馴れ初めは、お見合いでも幼馴染でもなく、学友でもなければ 同僚でもありませんでした。
職場がたまたま近くだった、というだけの関係でした。

女性が外で働くことが当たり前ではなかった時代、彼女はいわゆる “変わり者” でした。
たまたま上さんの方から声かけてきたのがきっかけだったのですが、
まあ、私も昔からある意味 “変わり者” でしたので、
“変わり者” 同士、付き合いはそれ程 深くもなければ浅すぎもせず、
プロポーズだけは ちゃんと上さんのご両親の所に参り、ご了承を得た訳ですが、
2人の関係は昔から つかず離れず、でしたね。


今のように、ケータイで自由にコミュニケーションなんてことはできなかったので、
女の子と会話するには まず相手の父親という “牙城” を崩さなくてはならない時代でした。

こちらから相手に電話しても、相手の実家では 女の子とお父上様による
壮絶な 電話の取り合いのバトルが繰り広げられるのは目に見えてましたので、
そんな無駄なことには お互い 気も時間も遣わずに
手弁当が “恋文” 代わりでした。


その手弁当がまた、彼女のその日の機嫌が どえらくわかるものでして(笑)、
機嫌がいい日は いつこんな物作るヒマあるの?ってくらい 手の込んだ弁当、
何か気分を害した次の日は、明らかに昨日の残り物をひっくり返したようなものでした。

それでも、自分のために時間を割いてくれてる健気な彼女の姿を容易に想像できたので
そんな日頃のお返し と言ってはなんですが、花やレコードとか買ってあげたり、
誕生日や何かイベントがあったら 旅行に行くのが、私なりのプレゼントでした。


その旅行の楽しみ方も 多分普通ではないと、ウチらは勝手に思っているのですが、
今風に言えば、ルームシェア、とでも言うのでしょうか。
泊まる部屋さえ同じならば、あとは自由行動が基本で、
行動はバラバラのはずなのに、行き先がたまに一緒で バッタリ会うのが
何よりの楽しみで、(ややこしい、かも(笑) )
1日中違う行動とってた日の夜は、
お互い行った先々のことを話して聞いて、
次の日の初めのルートだけ確認するのが 旅のスタイルでした。


「将来の夢はお嫁さん」 の時代、バリバリ働くウチの上さんは
周りから見れば “変わり者” でした。
(私も人様のこと言える性格ではございませんが)
そんな “変わり者” 同士のカップルでも、(当時はアベック…よりまだ早かったかな)
結婚し 妊娠したら、女性は 会社を辞めなければいけません。

外で活き活きと働く上さんの姿が好きだった私にとって
とてもいたたまれない気持ちになりましたが、
「そういう世の中だから」 の一言で済ませてしまう上さんの潔さに、惚れ直したものでした。


妊娠から出産に至るまでの期間は特に、母体は常に命がけの状態にもかかわらず、
男は完全に、無力です。
“産みの苦しみ”、それを乗り越えた後に目の当たりにする
産まれてきた生命の誕生の素晴らしさ! なんて
女性にしか わかり得ない感動です。
男は ただそれを見守ることしかできません。
産後も、母乳が無ければ赤ん坊は生きてはいられません。
特に2,3歳までは、完全無報酬の24時間肉体労働です。
泣いたらあやし、お漏らししたらすぐおむつを替えてあげなければいけません。

今のように 紙おむつ、なんてシロモノはありませんでした。
ウチの子どもは 小学にあがるまで、色々と病気がちでしたが
四六時中つきっきりで世話している上さんやバァバは 常に腰が座っていましたね。

幼稚園、小学校~に進学しても やることなすこと考えること、全てが子ども最優先です。
サボったら、泣くか わめくか ひねくれるか、… 必ず表情や態度、性格として 子供に出てきます。
肉体的にも精神的にも経済的にも、それ相応の “体力” が無ければ
“母親” なんて仕事、できません。


そんな職業を持つ女性に比べて、我々男性ができることは、
せいぜい “経済的支援” くらいでした。

今でこそ 家事は “分担” が当たり前になり、
また “主夫” という言葉も受け入れられる時代になりましたが、
当時は男性が 家事を率先してやると、逆に親や周囲から白い目で見られる時代、
家事・育児の手伝いなどは 全てメイドさんがやるもので、
私にできることと言ったら、たまの休みに子どもと一緒に遊ぶか食べるか風呂に入るか寝るか、
それとも 女房が病気になった時くらいにしか 手伝うことが許されませんでした。


家族への貢献度 という点において、上さんの方が遙かに上だと思います。


いつも有難う。
こんなおバカな私だけど、これからもよろしくね。



てことで、本日の曲は “Only You”。
今日も元気にがんばりましょう!


皆様の健康を期して


ラパスより




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